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土佐派鍛冶 白鷹幸伯と和釘


土佐派鍛冶 白鷹 幸伯と和釘製作
白い髭を蓄え、一種独特な雰囲気を醸し出している白鷹幸伯氏をテレビなどで見た方も多くおられることと思います。
白鷹氏は昭和10年松山市生まれ、9歳の頃から父の向こう鎚を打ち、農具、荷馬車の車輪、木造建築金具などの製法を覚える。
昭和19年高校卒業、鍛冶の仕事をしながら地元の松山商大短期学部へ通うが、姉を頼り上京し、夜間の中央大学法学部に入学、木屋に勤めながら大学を卒業。木屋に勤務時代に宮大工の西岡常一棟梁と出会う、兄の死で郷里へ戻り野鍛冶を継ぐ。西岡棟梁に頼まれ和釘の製作を始める。和釘作りの功績が認められ吉川英治文化賞授賞。

和釘と洋釘(現代釘)の違い
現在使われている洋釘は明治20年ごろから日本に出回りはじめました。丸い釘でスマ−トで先端が刺さりやすいように尖っていて、打ち込んだあとは、平たい部分で木を押えているだけです。錆びやすく頭の部分がとれたら終わりです。その後は自らの錆で木を侵食してしまって抜けてしまい、構造材を支えるには無理があります。持ってもせいぜい30年位です。和釘は法隆寺と薬師寺、鎌倉や江戸の建築法が異なるように、使われた古代の釘にも形やそこから出てくる耐久性にも違いがあります。日本の建築物に使われてきた和釘は一本づつ手で打ったもので、形も角の軸に角の頭を持っています。この釘は頭だけでなく軸全体で木を押えています。
素材の鉄も洋釘(現代釘)は溶鉱炉内でコ−クスなどと一緒高温で精製されますので空気中の不純物やコ−クスの硫黄なども吸収してしまいます。和釘の材料となる鉄は砂鉄を炭で還元して作ります。溶鉱炉で作るのに比較して低温でコ−クスの代わりに松炭を使用するので不純物を吸収しにくくなります。大きな違いは純度のにあります。
錆びない鉄
鉄が錆びて腐食しない最大のものは純度が高いことが第一条件です。
和鉄でも飛鳥時代の和釘の純度が最高で徐々に時代を下がるにつれて落ちてきています。刀剣でも平安・鎌倉の一流とするとえど江戸時代のものは二流以下と言われます。その理由は一度にたくさん精錬が出来るようにタタラの規模を大きくしたことも原因に数えられておりますが。技術よりも純度の良い砂鉄が取れなくなったのが大きな原因と言われています。ちなみに現在の鉄はマンガンや硫黄、リンが多く含まれています。なぜかと言うと、たくさんの鉄を効率よく精錬するため、燃やすのは木炭ではなくコ−クスが使われます。この過程でコ−クスに含まれる硫黄が鉄に入ってしまいます。硫黄が入ったままでは鉄がもろくなってしまうのでマンガンを入れます。マンガンは硫黄と化合して硫化マンガンになり加工しやすくなります。しかしこの硫化マンガンが表面に出て空気に触れると錆が出て腐食の原因になります。

再建された薬師寺西塔 創建時の東塔に比べて1m位高さがあるそうです。100年位すると地盤が沈下して東塔と同じ高さになるそうです。

昭和52年薬師寺西塔再建のため白鷹氏が鍛えた和釘。これと同じ和釘が西塔に7000本使われています。
西岡常一棟梁から出された条件は、出来るだけ創建時に近い材料と製造法で千年持つ耐久性



寧楽薬師寺西塔再建 興光 と刻まれています
(文字拡大)

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再建された(1991)薬師寺回廊

薬師寺回廊再建に使用されている白鷹氏が鍛えた和釘

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錆びない1000年持つ和釘を作るには不純物の極力少ない高純度の鉄が必要になります。東北大学の井垣謙三名誉教授と日本鋼管で共同開発された高純度で炭素量0.1%の鉄。この鉄を日本鋼管が文化遺産を守るということで採算を度外視して50トン精製し提供(残りの44トンは島根県吉田村鉄の歴史村に展示されています)写真上の丸捧が日本鋼管から提供された高純度鉄。この材料は長さ4mで直径19mm、@この材料を10cm位の長さに切る。 Aこれを炉に入れ900度〜1000度位に加熱して角になるように叩きながら伸ばします(荒延べ)。B頭部分を加熱して頭を潰す(頭づくり)。この時の温度は低めの800度以下で叩く、高いと折角細かくなった粒子が大きくなってしまう。 C穂先となる部分を900度位に加熱して叩いて尖らせる、寸法に合わせて余分を切り落として、再び先端部分を尖らせる。(穂先つくり) D400度位の余熱があるうちに全体を叩いて締める(叩き締め)この温度で何秒か叩くことにより耐蝕性が急に増します。下はこの材料から作られた和釘。詳細な製作工程は下記を参照ください。

和釘の製作工程
@加熱鋼材を炉より取り出す A穂先荒延べ B角穴台に合わせて穂先荒延べ
C角穴台に通す D穴台に首をかけ頭部を打ち広げる E穴台から取り出す
F側面打ちで頭部を整形する G首部細め打ち H穂先仕上げ

I全体にわたり歪みを調べる J手鎚による仕上げ打ち

白鷹氏は錆が出難い和釘を作っている反面わざわざ錆を出させたものも作っています
半ば完成品を放置して錆びさせます。現代鉄ではよく錆がきて消滅してしまいます。不純物の少ない錬鉄を使用します。
錆を出すために、二年くらい海の岩の間に隠します。それから屋根の雨だれの下に置く。海岸に近いので潮風を強く受け、たまに降る雨も塩分が含まれている。昼間は陽が当たり、気温も上がって、雨だれがポタポタ落ちて、そしていつもじとじとしている。そして、たまに乾く。この状態が15年位続くと錬鉄の錆が作った腐食に文様が出来ます。その錆を利用して、特有な形状を持った文様を作り出します。錆にはそんな差はないですが、錬鉄には幽痕が残る。その幽痕が耐食性をもっております。仕事が終わった後の炉は1000度位になっています。この中に入れ火を止め、翌朝真っ赤に錆びたいた物が真っ青に変わっている。そこを軽く叩けば錆はみんな綺麗におちてしまう。錆が出て本来の地肌が見えなくなったようなものを白鷹氏は「大錆肌」と言って「老骨に鞭打つ鉄の姿」にたとえています。
20年近くかけ錆を出すだけ出して耐食性の幽痕を出した切出し
全長180mm 最大巾25mm 重さ67g
ちなみにお値段は15万円

上写真が全体
下写真は刃部拡大

参考図書 白鷹幸伯著 鉄千年のいのち